けんか七夕が一番盛り上がるのは8月7日の夜です。飾りを昼バージョンの豪華華麗な飾りから、垂れ下がるあざふはきりりと四隅にまとめ、たすきをかけたようにし戦いモードになります。
飾りには電気がはいり、美しさと剛毅さがただよい「けんか七夕太鼓」が戦闘モードをもりあげます。このけんか囃子と「ヨーイヨイ」の声が家の前をとおってけんかの会場上八日町に向かうのを聞くと、家族はタオルを首にかけ、軍手を持ってかけつけます。もちろんけんか七夕を引っ張るためです。

夜はけんか七夕ばやしの太鼓、篠笛を担当する人達も高校生や大人になります。 山車の上にのり、短冊のついた笹竹をふりまわし、士気を鼓舞する係り、電線よけを担当する係りも大人へと代わります。
けんかになると、大きな山車どうしが真正面から走ってぶつかるので、危険が伴うので、大人が山車に乗ります。昔は衝撃で落ちて死亡者がでたり、けが人がでたりしたので最近は司会する人、管理する人をきちんと決めて行うようになりました。

けんか七夕山車の出陣です。昼とはかわり引く手も中学、高校生から大人が増えます。けんかの会場となっている上八日町まで移動し、順番を待ちます。このときは七夕ばやしは「あゆみ太鼓」を打ち鳴らし、引く手は「ヨーイヨーイ」と掛け声をかけながら移動します。

けんかをする相手の町がきまると、山車を二台にらみあうように移動させます。このとき囃子は「にらみ太鼓」をリズミカルに打ち鳴らし、テンションをあげさせます。ロープは最高の長さに調節され、(片側約100メートルを両側に)用意の号令がかかるまで、見合って、見合って立会います。

行司の軍配がかえるように、進行係りの合図とともに綱を持った引き手が走り出し「ドカァ〜ン」と舵棒が山車にぶつかり合い、山車は「グラッ」と傾きます。引き手は「ワッショイワッショイ」と綱を揉んで(グルグルまわし)腰を落として引っ張ります。
舵棒についている屈強な男性達も必死に押します。両脇のぼんぼりや提灯は大きくゆれ、七夕ばやしを打ち鳴らす人達もユッサユッサ揺れながらしかし、勇ましく両腕を振り上げて太鼓をたたいています。

このときけんか太鼓は「攻め太鼓」を打ち鳴らしています。ワッショイワッショイと山車もグラグラゆれるので笛の人は片手でつかまりながら笛を吹き、太鼓の人は上半身はだかで晒しをまきつけ、足をふんばってバチを振り上げ太鼓をたたきます。

けんか七夕の上では短冊のついた笹竹同士で戦います。打ち付けあうので短冊がちぎれて飛びます。戦いの後には、短冊も笹の葉もちぎれてなくなり無残な残骸だけになりますが、上に乗った彼らの勲章です。

綱を引く方は勝っている時は勢いよく「ワッショイワッショイ」引っ張りますが、ズリズリと負けて引っ張られていく時は情けない思いをします。
手は豆だらけになり、息が切れます。ほんの何分かですがその時間の長いこと!毎年参加している地元の人は軍手をはめて、豆をつくらないようにし、汗をふくタオルを首からかけて参加します。見物している人達にも参加するように声をかけます。引き手が多いほうが勝ちますので。
昔私達が子供の時は道路が舗装されていなかったので、山車の後ろで大人が何本も丸太の「爪」を肩でかい、けんか七夕が後退しないようにしていました。道路には爪がつきささり穴があき、山車は持ち上がるほどのゆれです。なかなか勝負がつかず、綱をもって引っ張っている人たちもユッサユッサと振り回されました。
今は「爪」はつかわないようです。山車に積んでいる丸太や棒は飾りだそうです。

けんかに勝った町は「かちどき太鼓」を打ち鳴らし、「上八勝った、○○町負けた」と声をあげながら引きあげます。負けた町はスゴスゴと重い山車をひいて自分の町内に帰ります。こうして一晩に3.4回違う町と戦いけんか七夕の夜は終わります。
毎年8月7日夜7時30分から、気仙町上八日町で3・4回けんか七夕がおこなわれます。
写真は2006年8月7日に撮影したものです。